ショートストーリー[誓約舞装編]
[ 2018.06.06 掲載 / 2018.06.29 更新 ]
ブースターパックバックストーリーです。
より細かいストーリーや背景設定について触れたい方は、
おもな登場人物などの項も合わせてご覧ください。
B24-27 誓約舞装編
「ありがとう。連れて来てくれたんだね」
「勝手な真似をしてすみません」
光り輝く小鳥に導かれ、八千代は大阪城の天守閣を訪れた。
和室に不釣り合いな玉座に座するは、黒衣の男。
背後には微笑みを浮かべた少女と鉄面皮の女性。
すべて八千代が見知った顔だった。
「ル・シエル……よね?」
玉座の男は答えない。
小鳥が少女の肩に留まる。
天使の翼を生やしているが、紛うことなき双子の妹・さくらだった。
彼女は微笑みを浮かべたまま、双子の姉へ語りかけた。
「久しぶり!」
「うん……」
「やっと会えたね。聞きたいことがあるの。
八千代にとって私とサタンさん、どっちが大切かな?」
「えっ?」
「補足します。“サタンさん” はあちらの黒衣の男性。
八千代様が “ル・シエル” と呼ぶ人物のことです」
さくらとは、いろいろあった。
ル・シエルとも、いろいろあった。
けれど、迷いはなかった。
「どんな姿になっても、ル・シエルはわたしの師匠。
とても優しくてとても大切な、たったひとりの闇の師匠(マギステル・テネブラエ)なんだから」
さくらの足元につむじ風が舞う。
「気を付けて八千代。さくらさんのまわりにリソースが集まってる」
「大丈夫。ちゃんと気持ちを伝えるから」
緊張したアルモタヘルの声。
その心を落ち着かせるように、八千代は彼が格納されているカードデバイスに触れた。
しかし、続いて彼女が紡ぎ出した声はアルモタヘル以上に固く、上ずったものだった。
「だけど、でも、さくらだって、ね?
……ううん。わたしにとって……さくらは……」
次に会ったら必ず謝ろうと思っていた。
劣等感をこじらせ、引っ込みのつかない天邪鬼な自分と決別したかった。
元通りにはなれないとしても、双子の妹に “変わった自分” を見てもらうつもりだった。
そのための勇気はアルモタヘルからもらっている。
「さくらは……えーと……」
「がんばって、八千代」
「さくら、なんか……」
そのはずだった。
「さくらなんか大っ嫌い!」
しかし、口をついて出たのは憎まれ口。
(違う! なに言ってるの!?)
八千代は口をおさえた。
(嫌いなのは素直になれないわたし。未熟なわたし!
どうしてこんな時まで、本当のことを言えないの!?
さくらのことは、誰よりも大切に思ってるじゃない!)
「……そっか。そうなんだね」
「待って! 違うの! いまのは!」
「大丈夫だよ。ちゃんと気持ちは伝わったから。
でも、せっかくなら八千代の口から直接聞きたかったよね。
特殊能力に頼らなくても、焦らなければ、いつか聞けたのかな?」
神スドに《光風霽月》という読心能力を与えられたさくらは、親しい相手の本心を見抜く。
神が神域の果てへ封じられたいまも、その力は保たれていた。
強い思い込みから八千代を神格化するまでに至った、さくらの歪んだ想いによって。
「私ね、八千代の心が読めるの」
「心が!?」
天使の姿をしているばかりか、異能力まで備えている。
以前の八千代なら嫉妬に狂うところだが、さすがにそんな状況ではなかった。
「八千代やフォスフラムが私を気遣う気持ちを知って、すごく嬉しいはずなのに……。
どうして悲しいんだろう。どうして虚しいんだろう。どうしてこんな力……」
さくらの瞳から涙がこぼれる。
「私が八千代を信じてなかったからだよね。ごめんね。ごめんなさい……」
「どうしてさくらが謝るの!? 悪いのはわたし!
わたしが勝手に家出して、迎えに来たさくらを振り払って、聞く耳持たなかったから!」
「……許してくれるの?」
「わたしのセリフだってば!」
さくらを気遣い、八千代がその背をさする。
双子姉妹の様子に、2匹のゼクスは胸をなでおろした。
◆ ◆ ◆ ◆
沈黙していたサタンが腕組みを解き、立ち上がる。
冷めた目で成り行きを見守っていたクレプスが声をかけた。
「サタン?」
「茶番が終わったのでな。……上柚木さくらと言ったか。
俺は貴様の薄っぺらい笑みの内側に静かな憤怒を感じ、今日まで捨て置いた。
姉妹の殺し合いを期待してな。だが、見込み違いだったようだ」
「どおりで……。らしくないと思ったら、そんなことを考えていたのね」
「戯れが過ぎた。だが、すべてを終わらせよう。
退屈な休息と下僕の働きにより、幾分、力は戻った」
下僕とは、七大罪 驕傲の魔人スペルビアのことである。
覇神の欠片で《賜りし者》となり増長した彼はサタンへ挑み、敗れた。
以来、格下のゼクスを連れて来ては、生贄としてサタンへ献上し続けている。
サタンはおもむろに、八千代とさくらの前へ両腕を差し出した。
「奇しくも四国の方角か……。先日の屈辱を払うにも好機。
我が依代に連なる者どもよ、喜べ! 那由多の災厄サタン直々に消してやろう!」
差し出した手の平より生まれし力場が、みるみる大きくなってゆく。
「そんな……。冗談よね? どうしちゃったのル・シエル!
わたしたち闇の眷属は闇に支配されても人の心は失わない! 違う!?
それに、ル・シエルがひどいことしたら、弟さんだって悲しむわ!!」
「弟……だと?」
サタンの表情が歪む。
「忘れちゃったの? ううん、忘れるわけない!
ル・シエルが世界の誰よりも大切に思っている弟さんじゃない!
弟語り選手権とか言って、わたしにいろいろ教えてくれたじゃない!」
「弟は、悠久の過去……この手にかけた。
我が宿命と交わることは二度と無い。二度と……言うなッ!
ウォォォォ! グォォォォォォォガァァァァァァァァァァァ!!」
サタンは嘆きの仮面を抑えると、獣のような叫びを上げつつ跳躍し、天守閣の屋根を突き破った。
制御を失い放たれた力場は狙いをそれ、明後日の方向へ飛んでゆく。
そして、はるか上空で花火のように弾けた。
轟音が耳をつんざき、衝撃波が壁を、屋根を、吹き飛ばす。
「俺はすべてを消し去る! 等しく滅びをもたらすッ!
我が名はサタン! 神を! 世界を! 生あるものを!
無に帰すまで! 怒りが収まることはなァァァァいッ!!」
「ル・シエル!?」
「だめ!」
身を裂くような衝撃が乱れ飛ぶ中、咆哮するサタンへ近づこうとした八千代をさくらが引き寄せる。
同時にフォスフラムが、降り注ぐ瓦礫からふたりを守るように結界を張り巡らせた。
だが、一瞬早く結界内部に入り込んだクレプスが剣を閃かせる。
「八千代! 外でなにが起きてるの!? 僕を出して! アクティベートしてよ!!」
訴えかけるアルモタヘルの声は、呆然とする八千代の耳へ届かなかった。
血に塗れた剣を振り払い、クレプスが吐き捨てる。
「勘のいい」
「うっ……」
「さくら! しっかりして、さくら!」
引き裂かれた衣服ににじむ朱。
さくらの背が斬り裂かれていた。
「八千代を守れたよ……。えへへ、嬉しいな」
「ああ……なんということでしょう。
申し訳ありません、さくら。私がついていながら……」
「ふたりとも、心配しないで……。私は平気。
だって、私はもう……普通の人間じゃないんだもん」
八千代は息を呑んだ。
みるみるうちに傷が塞がっていく。
以前にも似たような事例に遭遇したことがある。
それは、大天使となる素質を持つ者の証だった。
「サタンの完全復活は近い。邪魔者はすべて始末するわ」
「クレプスさん……憧れてたのに……。
全部あんたのせいなのね!? ル・シエルを返して! 元に戻してよ!!」
「相変わらず愚かで聞き分けのない。まだ現実を受け入れられないの?
諦めがつくよう、いいことを教えてあげる」
唇を噛み、睨みつける八千代へ、クレプスは追い打ちをかけた。
「サタンの依代となったル・シエルの魂は、仮面の理により冥界へ飛ばされ、役目を終えたわ。
神エレシュキガルに身体を奪われた私も冥界を訪れたけど、すでに彼の魂は無かったもの」
「冥界? 魂? なんの話してるの!
ル・シエルは仮面の不思議な力で生き返ったんじゃなかったの!?」
「説明しても理解できないでしょうし、結論だけ分かり易く言い換えてあげる。
ル・シエルは、天王寺大和は、もはやどこにも存在しない。消えたの。跡形もなく、ね」
「存在……しない……?
そんなの嘘……。ウソよ! だって、ほら、すぐそこにいる!
ル・シエルがサタンを名乗ってるだけなんだから! いつもみたいに!!」
動揺する八千代は思考が追いつかなくなっていた。
訳も分からずわめきたてる。
「ル・シエルはいなくならない!! 闇の眷属は隠れるのが得意なんだから!!」
「貴方がどう思おうと自由。だけど、事実は覆らない」
「ル・シエルは死なない!! 絶対に生きてる!! 勝手に殺さないで!!」
「八千代はサタンさんのことが大好きなんだね? ほんと、妬けちゃうな」
苦笑混じりにさくらが立ち上がる。
傷はすっかり塞がっていた。
「へっ!? す、好き!? ち、違う! そういうのじゃないから!
あとサタンじゃなくてル・シエ……きゃ!?」
再び、さくらの足元につむじ風が舞う。
……と思ったのも束の間。
暴風が、吹き荒れる!!
「うん、理解った。全部、私が解決してあげる。
つまりサタンさんが八千代を困らせている元凶なんだね?
八千代を勾引(かどわ)かして……絶対に許さない!」
「やめてさくら、ル・シエルは違うの!」
神との契約により精神を蝕まれ続けたさくらは、八千代の《叶えし者》となった。
深度IIIの《叶えし者》は神を崇拝する。行動理念に変化。人格の崩壊が始まる。
深度IVの《叶えし者》は神に対立する者、願いを阻害する者を排除する。
頭の光輪がひときわ眩しく輝き――
此処に、風の天使が完全覚醒した。
「排除しなくちゃ」
「やらせると思うの?」
「邪魔させると思いますか?」
暴風をまとったさくらがサタンへ歩み寄る。
それを阻むべく、双剣を携えたクレプスが進み出る。
さらにそれを、巨鳥の姿へ戻ったフォスフラムが牽制する。
「ガァァァァアスゥゥゥゥガァ……ッ!!」
未だサタンは嘆きの咆哮を上げ続けていた。
「八千代! 八千代ったら! 僕をここから出して!」
「……ごめんね、アルモタヘル。もう少しだけ、待って」
目も開けられないような風の中。
床に這いつくばる八千代は天を仰ぎ、祈りを捧げた。
神ではなく、ひとりの人間へ。
「ちょいとヤボ用を済ませて来るわ。
……八千代ちゃん、ひとりで突っ走らんて約束できるか?」
「わたしはあいつと約束した。
ひとりで突っ走らない。そう、約束した」
「こいつを探せ。黒崎神門、俺の疫病神だ。
遭遇しても戦おうとは考えず、俺に報告するんだ」
「ル・シエルと交わした同じ約束を、わたしは守らなかった。
ル・シエルが私にくれた、最後の言葉だったのに………」
ともすると潤みそうになるまぶたを、八千代はこすった。
「この状況がその罰なら、わたしは、二度と約束を破らない。
アルモタヘルの力も、まだ、借りない。だから」
八千代は “あいつ” の名を呼んだ。
「早く来てよ、飛鳥ァ!!」
Illust. 桐島サトシ,長崎祐子,にもし
ART DIRECTION 協力:工画堂スタジオ
廃墟となったビルの屋上から、双眼鏡で黒崎神門のアジト周辺を伺う人物がいた。
闇の組織ダゴン・カルテルから神祖の仮面の回収を命じられた殺人鬼、イリューダ・オロンドである。
彼は神祖の強欲の仮面の持ち主である黒崎春日と、彼女に瓜ふたつの倉敷世羅、ふたりの幼い少女を狙っていた。
しばらく前に大勢のブレイバーとマイスターを迎え入れて以降、アジトに大きな動きはない。
春日や世羅はおろか、神門がアジトから出てくる様子もなかった。
……が。
「ククク……。いいぜいいぜ。やっちまいなぁ、マルの字さんよぉ!」
彼のパートナーゼクスであるマルディシオンの豪剣がうなる。
その凶刃は幼い少女ではなく、あさっての方向へ及んでいた。
「…滅…」
「ぐわあ! 我が劇薬が通じぬ相手を差し向けるとは、おのれルスティンッ……!」
「…殲…」
「黒の世界のゼクスをも軍門に加えるとは、恐るべし黒崎神門ッ……!」
研究者風のゼクスが断末魔の叫びを上げ、血しぶきとともに斃れる。
一方、忍者風のゼクスは動かなくなった片腕をかばいつつ、姿を消した。
「1匹仕留め損なったか。まぁいい」
人知れず始末されたのはマイスターの劇薬職人メディスン。
ガーンデーヴァをすがり神門のアジトへ流れ着いた、元・武具研究所所長ルスティンを敵視する男だった。
そして、逃走したくのいちは神門率いる軍勢の勢力拡大を危険視する、織田信長が差し向けた間者。
本職は忍者ではなく手裏剣の製造と扱いを得意とするマイスターである。
「ただでさえターゲットが引き篭もっちまって、やりにくいんだ。
これ以上、無駄にヤツらの規模を拡大させてたまるかよ」
神門率いる軍勢に仇なす者を露払いした形になるが、イリューダが真実を知る由もない。
もっとも、知っていたとしても構わず殺した可能性は高かった。
血に飢えた快楽殺人鬼の渇きを満たすことなど、誰にも出来ないのだから。
「監視もいい加減飽きちまった。久しぶりに一芝居打ってみるか」
イリューダはマルディシオンをカードデバイスへ格納すると、アジトの正門を訪ねた。
門番を務めるのはジャンヌダルクと不和の女神ディスノミアのふたり。
自衛隊北九州方面隊で神門の配下にあったジャンヌダルクは、大勢の仲間とともに関東を目指した。
一度は神門の元から離反したが、出雲の助けとなるため取って返し、最終的に此処へたどり着いたのである。
NOAHとなった出雲が人間として完全復活するまでという契約で、ふたたび神門の配下となっている。
そして、ディスノミアは平和を嫌う異端の女神である。
来たるべき争乱の気配を感じ取り、神門の軍勢に加わった。
「よっ!」
「止まれ。何者だ?」
「俺は流離いの傭兵オロンドってんだ。雇ってくれよ」
ジャンヌダルクが疑わしげな視線を投げかける。
不信の反応に慣れているのか、イリューダはどこ吹く風だった。
「いま、責任者不在なんだよねぇ。出直してくれよ」
「リーダー不在? へぇ」
「余計なことを言うものではありません」
「おっと失敬」
ディスノミアはまったく悪びれずにけらけらと笑った。
彼女の言葉が真なら、屈強そうなブレイバーを従えている神門が不在ということ。
仲間を数人引き連れて行った可能性もある。
外出には気づかなかったが、どこかに抜け道でもあるのだろう。
イリューダはそう推論した。
(ターゲットがアジトに残ってるとは限らねぇが、チャンスかもな)
門前払いされたイリューダが食い下がる。
アジトの内部へ侵入し、春日に近づくためである。
「だったらなおさら、人手は欲しいんじゃねぇか?」
「一理ありますね。受け入れましょう」
意外なほどあっさりと承諾したジャンヌダルクは、イリューダに最初の仕事を申し付けた。
「さっそく、ともに彼奴らを蹴散らしましょうか」
「きゃつら?」
その時、アジト周辺に警報が響き渡った。
『敵襲! 敵襲ゥーーーー!!』
◆ ◆ ◆ ◆
時を少し遡る。
イリューダが正門を訪ねたのとほぼ同時。
間もなく日が沈もうという夕刻、裏門を訪れる者たちがあった。
長時間駆け回っていたのか、息を切らせ、疲労の色が濃い。
衣服も土にまみれ、みすぼらしい。
高熱に倒れたきさらを背負った相馬、そして、フィーユである。
人家を探してようやく辿り着いたのが、神門のアジトだった。
「誰か! 誰かいないのか!?」
相馬の呼びかけに応じ、通用門から3人の人物が出て来る。
男性ひとり、女性ひとり、女性にまとわり付く小柄な少女がひとり。
うち、凛とした表情の女性が応対した。
「ゼクス使いとライカンスロープが、こんな辺鄙な場所に何用かしら?」
「きっと、ここらを根城にする盗賊ですよ、デーヴァ姉様!」
「賊じゃねぇ! 病人がいるんだ! 頼む、休ませてやってくれ!」
「怪しい奴には先制攻撃です。くたばれ、妖怪猫娘!」
小柄な少女が鋭く研ぎ澄まされた1対の円環(チャクラム)を放った。
「わわっ!?」
背負っていた槍を正面に構え直し、巧みに円環を弾くフィーユ。
跳ね返った円環は意思を持つかのように、不思議な軌跡を描いて小柄な少女の手元へ戻った。
「このっ!」
「おいこらフィーユ、反撃すんな!」
間髪入れずに突撃しようとしたフィーユの首根っこを、きさらを背負ったままの相馬がつかむ。
頬を膨らませ、フィーユはしぶしぶ引き下がった。
「シャナもなにやってるの。落ち着いて。
病人を連れているのは本当のようだし、まずは話を――」
その時、アジト周辺に警報が響き渡った。
『敵襲! 敵襲ゥーーーー!!』
「なんだなんだ!?」
「あれを見ろ、ソーマ!」
ブラックポイント方面から黒い霧のようなものが迫りつつあった。
「たぶん全部ゼクスだゾ!」
「黒の世界のゼクスか!?」
「なにあれ、何匹いるんですか!?」
黒い霧のように見えたものは、徒党を組むプレデターの集団だった。
様々な武装を身体に一体化させた戦闘生物が、ざっと100匹。
「はぐれゼクスの撃退ならいざ知らず、あんな大群は初めてね。
神門の真意なんて知らないけど、こんな場所に拠点つくるからよ。
悪いけど貴方たち、力を貸してくれる?」
「お、おう。構わねぇが、きさらが……」
「きぃ……ぁっぃ……きぃ……くるしぃ……そま……ふぃゅ……。
まみ……ろぉぜまみ……」
きさらは引き離されたヴェスパローゼを想い、うなされていた。
「シャナ、すぐにその子を客間へ」
「いいんですか?」
「なにかあったら私が責任を取るわ」
凛とした女性の言葉に小柄な少女が頷き、相馬からきさらを引き取る。
彼女を抱きかかえると、すぐさま通用門の奥へ姿を消した。
「キサラ頑張れ……!」
「なあ、もし俺たちがしくじったら、どうなる?」
「私たちが活動拠点とするあれは、放棄された事務所と倉庫をリフォームしただけの建物よ。
建築マイスターが一枚噛んでいるとはいえ、砦とは違う。耐久性に期待しないで」
「後がないってことか」
「裏門側まで回りこんで来るのは1割程度かしら。
私たちの主力はおそらくブラックポイントに近い正門側で迎え撃つはず。
シャナが戻るまで、此処は私たちだけで死守するわ。戦闘準備!!」
凛とした女性が右手を天に差し伸べると、手の平の中に光の矢が出現した。
すぐさまそれを弓につがえる。
「なにもないとこから光の矢が出て来た!」
「フィーユは弓、持って来てないのか?」
「槍の修行中だから置いて来たゾ」
「相変わらずいろんな得物に手ぇつけるよな、おまえも」
好奇心旺盛なフィーユは様々な武器に興味を移す。
最近は槍にご執心のようだった。
「軽く自己紹介しとくぜ。俺は剣淵相馬ってんだ。こいつはフィーユ。
あんたらの名前は?」
「私はガーンデーヴァ、彼は出雲よ」
「…………」
話題にのぼっても、当の出雲は黙ったまま。
相馬たちを見向きもしなかった。
「ふぅん。物静かな奴だな」
「お人形さんみたいだゾ」
「人形……そうかもね。
でも、彼は此処に居るだけでいいの。それだけで私の力になるのだから」
ガーンデーヴァの読み通り、10匹程度の敵ゼクスが裏門側へ回って来ている。
彼女は、先陣を切って駆けてくる、サイをベースにしたプレデター・クノッヘンへ狙いを定めた。
骨の鎧で武装したそのゼクスの額に、神の刻印が浮かんでいる。
「神に与し《叶えし者》、覚悟することね。……討ち祓う矢!」
光の矢が一条の軌跡を描き、レーザーのように襲来するクノッヘンの額を撃ち抜く。
直後、爆炎に包まれた。
「なんだかすげぇ!」
「なんだかかっこいいゾ!」
「これが《叶えし者》の神の気を爆散させる《討ち祓う者》の力……か」
が、クノッヘンはそのまま爆発の中を突っ切ってくる。無傷だった。
「ザババざま! フェフィデョプァッ!」
「あんな派手に爆発したのに効いてないゾ!?」
「深度を下げてもダメージは無い。つまり実戦向けじゃない、と。
おかげでどういうものか理解できたわ。ありがとう、さよなら」
「アェガエァ!?」
続けざまに、普通の矢による第2射が同時に3本放たれる。
先程と寸分変わらぬ眉間を、物理的に連続で穿たれたクノッヘンは戦意を失い、逃走した。
「あんな正確な射撃、アタシには絶対無理だゾ。でも、負けてられないな、ソーマ!」
「ああ。大物が混じってるみてぇだしよ」
先陣が潰されても、獣たちは怯むことなく襲来する。
その筆頭には4本の腕を持つ、巨大なゴリラの姿があった。
文明の破壊者バイオレンスゴリラである。
「プレデター ハカイ ヤマモリ!」
「なんだコイツ! でっかい! ただのゴリラじゃないゾ!?」
「真っ向勝負するおまえも大概だけどな!」
振り下ろされた豪腕を槍の柄で受け止める。
衝撃で弾き飛ばされながらも爆転で勢いを殺し、フィーユは綺麗に着地した。
ほかのプレデターはガーンデーヴァが弓矢で的確に牽制し、前進を阻んでいる。
しかしながら、数が数。突破されるのは時間の問題だった。
……とその時。
バイオレンスゴリラが4本の腕を振り回し、後続のプレデターを一斉になぎ倒した。
さすがに全滅とはいかなかったが、不意の一撃に数匹が崩れ落ちる。
彼らに埋め込まれていた数々の武装が、破片となってそこかしこに散らばった。
「プレデター ハカイ オカワリ!」
当のバイオレンスゴリラは興奮し、4本腕でドラミングしている。
「敵味方の区別もつかないのね。低能極まりないわ」
「その分、常識は通用しねぇぞ。
フィーユ以外にも目を向けさせて、奴の意識を分散しねぇと。かくなる上は俺も樹人化――」
「ダメだ! それだけは絶対に……ダメだ!
ソーマはアタシの元気が出るよう、リソース送ってくれればいい! たああああっ!!」
大地に突き刺した槍を軸に回転し、遠心力をつけて放ったフィーユの飛び蹴りが、敵の顎にヒットする。
人間なら卒倒ものの衝撃だが、巨躯のバイオレンスゴリラは少々よろめくだけに留まった。
効いているのかいないのか、それさえ分からない。
「俺も一緒に戦った方がチャンスはある!」
「アタシが信じらんないのか!?」
「そういう話じゃねぇよ!」
「だって! ソーマの身体はもう!」
相馬は改造人間。
樹人化することで人間を超越した能力を得る。
しかし、植物の因子はすでに身体を侵食し尽くし、能力使用の反動で襲って来る眠気は強烈だった。
次に眠った時、再び目覚める確証はない。
「このこのっ!」
壮絶な速度で繰り出された突きがバイオレンスゴリラの表皮をえぐる。
やはり、効いているのかいないのか分からないが、それもそのはず。
バイオレンスゴリラは破壊を追求する過程で痛覚を排除されているのだ。
焦るフィーユの頭上から反撃の拳が4連続で降り注いだ。
彼女は巧みなステップで3連撃までを避けたが、最後の4撃目。
インパクトの直前でバイオレンスゴリラの手の平が大きく開かれる。
虚を突かれたフィーユは捕らえられた。
「フィーユ!」
「これくらいすぐに脱出してやる! ぐぎぎぎ!!」
あがいている間にも残り3本の腕が加わり、フィーユは握り拳に埋もれてしまった。
そのまま圧倒的な破壊が行使される。
「プレデター ハカイ ユカイ!」
「ああああっ!!」
「フィーユッ!!」
「なにか秘策があるのなら使って! あの子、死んじゃうわよ!?」
「オ、オマエ、余計なこと、言うな!
アタシは、大丈夫だゾ、ソーマ! 心配する、なーーーーっ!!」
絶叫したフィーユが力いっぱい四肢を広げ、強引にバイオレンスゴリラの拳を緩めさせる。
しかし、そこまでだった。隙間は広がったものの、脱出には至らない。
「ちくしょう! なにかないのか!? 俺に出来ることは!!
ゼクス使いってのは、相棒が苦戦してる時、見てることしか出来ないのか!?」
その時――
相馬の握りしめるカードデバイスが、まばゆい光を放った。
何時か何処かで聞いた声が、デバイスを通じて相馬に語りかけて来る。
『求めよ。然れば与えん。
唱えよ。イグニッション・オーバーブースト』
声の主は、始まりの竜の巫女エア。
「イグニッション……オーバーブースト?」
言葉を反芻した相馬と、離れた場所のフィーユも輝きを放ち始めた。
カードデバイスと同様の、まばゆく柔らかい光が拡散してゆく。
「な、なんだこれ!?」
「身体が引き寄せられる……!」
光の粒子となったふたりは混ぜ合わさり――
輝きが収まった暁には、ひとつになっていた。
「なんだこの耳! この尻尾! フィーユはどこ行った!?
てか、いつの間にか持ってるこの槍も! 俺はあいつになっちまったのか!?
……うおっ!? 危ねえ!!」
まんまとフィーユに逃げられる形となったバイオレンスゴリラが、怒りの追撃を振り下ろす。
察知した相馬が飛び退き、代わりに地面が陥没した。
「貴方たち、私の目の前で合体したわ。どういうこと?」
「合体? フィーユは消えちまったんじゃなくて俺の中にいるってことか?」
相馬は手足を動かし、異変の起きた身体を観察した。
自分自身のようでもあり、そうではないような感覚もある。
「細かいことは後で聞くわ。いまこの場で重要なのは、ただひとつ。……貴方、戦えるの?」
「なにがなにやらさっぱりだが……はっきり分かることもあるぜ。
この身体、想像以上に馴染むじゃねぇか……」
相馬はプレデターが撒き散らした武装の残骸を拾い上げた。
左手にフィーユの槍を、右手に拾ったボウガンを構え、バイオレンスゴリラに対峙する。
「いけるぜ!!」
◆ ◆ ◆ ◆
寝息を立てて眠るきさらを見守る、相馬、フィーユ。
周囲にガーンデーヴァ、春日、イリューダ。
奇妙な光景だった。
突如襲来したプレデター群の撃退に貢献した相馬とイリューダは、ひとまずアジトに招かれた。
不在の神門に代わり、リーダー代理の春日が、一同へ重々しく告げる。
「可哀想ですが、この子は死にます」
「そうなのか!? うわぁぁぁぁ! キサラァァァァ!」
フィーユはいっぱいの涙を溜め、相馬は唇を噛み、ガーンデーヴァは顔を背けた。
しかし――
「真に受けないでください。適当に言ってみただけです」
相馬の睨みやガーンデーヴァの冷ややかな視線も素知らぬ顔。
春日は大人たちを見回すと、尋ねた。
「この中に、医学の心得がある人はいないのですか?」
反応はなかった。
無論、神門のアジトには医療知識のある者も常駐している。
しかし、先程の戦いによる被害は甚大であった。
中には生命に関わる者もいる。
連戦を想定し、治療の優先順位は即戦力となる者から振られた。
子供とはいえ部外者のきさらは後回しなのである。
「神門がいれば違う状況になったのかしら。
明日には戻るはずだけど、いまは冥界に行っているし」
「冥界だと? 縁起でもないこと言うな!」
「そのままの意味だったのだけど、空気を読まなかったのは認めるわ。ごめんなさい」
「ククク……ガハハハ!」
陰鬱としたやりとりが、突如、豪快に笑い飛ばされる。
部屋の全員がその男を振り向いた。
「安心しとけ。大した病気じゃねぇよ。
……よっと! 嬢ちゃん、失礼するぜ」
腰掛けていた窓枠から飛び降りたイリューダはきさらのまぶたを開け、眼球を観察した。
「機材もねぇし、ちゃんと診てねぇから断言はできねぇが。
十中八九、疲労から来る普通感冒。……風邪だ」
「そうなのか!?」
「事情は知らねぇが、んな、いかにも貧弱そうなガキに無理させるからだ」
「そう……だな。反省してる。目を覚ましたら謝らねぇと。
しかし、はぁ……そうか。正体不明の病気とかじゃねぇんだな?」
「良かったー……良くないけど良かったゾ!」
相馬が安堵の溜息をつき、ほかの面々も胸をなでおろした。
唯一、春日が懐疑的な面持ちでイリューダの顔を覗き込む。
「へぇ。傭兵のおじさまは、実はお医者様だったのですか?」
「違げぇよ。父親してりゃ似たような経験のひとつやふたつあるってだけだ」
「へぇ。子供がいるのですか?」
「ふたりな。もう随分と会ってねぇが」
「へぇ。ふぅん?」
春日は小首を傾げた。
以前、神門と出会う直前 “半殺しにした” 人物とは印象が異なるからだ。
「商売柄、雑多な知識が必要ってのもある」
「なるほど。商売柄ですか。春日は理解しました」
「なんにしてもオロンドさんだっけか。恩に着るぜ!」
「おいおい、よしてくれ。俺はなにもしてねぇよ。ただ、知識をひけらかしただけだぜぇ?」
イリューダはバツが悪そうに笑う。
誰もが好感を抱くような、屈託のない笑みだった。
「ただまあ、体力が落ちてることに間違いはねぇ。
栄養つけさせて、しばらく安静に寝かせとけ」
「ああ。少なくともしばらくは、俺とフィーユで寝ずの看病だな!
部屋も借してくれて感謝する!」
「施設内のものは好きに使ってください。では、春日はそろそろ失礼します。
未亡人……いえ、ガーンデーヴァ。貴方が連れ込んだのですから、案内や説明は任せます」
「はいはい分かったわ、リーダー代理様」
「俺も便所に行ってくるわ」
春日とイリューダは一緒に部屋を出た。
そのまましばらく、ふたり並んで歩く。
先に口を開いたのは春日だった。
「意外です。あの子供に興味はないんですか?」
「俺様は女子供が死の恐怖で泣き叫ぶのを聴きてぇんだよ。
弱ってる奴相手にしたところで、得られる愉悦は半減だからな」
「なるほど。変態ですか。春日は深く理解しました」
「クククッ……」
「フフフッ……」
「……今晩、ツラ貸しな」
「デートのお誘いですか?」
「話が早くて助かる」
「以前のお礼をしてくれるのですね」
「ゼクス・アクティベート・マルディシオン!」
「正直に言うぜ。あん時は慢心があった。
ディアボロスと見抜けず、小娘相手とたかをくくり、俺様が直接手ぇ出したから負けたんだ。
けどよ、マルディシオンは黒剣八魂っつぅ最高峰のノスフェラトゥ……強いぜぇ。奥の手だってある」
「奇遇です。以前の春日も、訳あって片手間にお相手してしまいました。
……が、もはや手加減の必要はありません。半殺しではなく全殺しが行えます。
殺人鬼相手なら、みか兄様も正当防衛と認めてくれるでしょう」
「二度と油断はしねぇ。てめぇのような澄ましたガキはじっくり丁寧にいたぶってやる。
恐怖にひきつらせてやる。覚めない悪夢を想像して震えてろ」
「春日も楽しみにしています」
◆ ◆ ◆ ◆
その夜のこと。
「んしょ……んしょ……ふぅ」
のそのそとベッドから抜けだしたきさらは床に荷物を積み上げ、窓枠に手をかけた。
涼し気な夜風が流れ込んで来る。
「そまにーちゃ……ふぃゆねーちゃ、きぃ……わるいこ」
フィーユはきさらが寝ていたベッドにもたれかかり、相馬は床に突っ伏している。
ぐっすり眠るふたりの首筋には、針で刺されたような紅い斑点。
「ごめんぁしゃぃ。ばいばい」
体調不良で気怠い身体をひきずり、荒い息を吐きながら、懸命に窓を乗り越えた。
夜闇に消えたきさらの周辺には、鋭い針を持つ蜂が舞っていた。
Illust. 天川さっこ,イシバシヨウスケ,かわく,匈歌ハトリ,しまどりる,煎路,ぽしー,堀愛里,BISAI,pondel
ART DIRECTION 協力:工画堂スタジオ