ケィツゥーのバレンタインデー

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[ 2015.02.13 掲載 ]

ケィツゥー

Illust. 桶谷完

「ガルマータ様は、バレンタインデーというものをご存知ですか?」

 冬のある日。
 教会に隣接する孤児院の庭に降り立った来訪者は、唐突な話題を切り出した。
 尋ねられたガルマータはあからさまに動揺し、持っていたお茶をこぼした。

「う、うむ……久しいな、ケィツゥー。知らないこともないが」

「ご存知なのですね!」

 食い下がるケィツゥーの輝く視線から、ガルマータが目をそらす。

「……あれはすでに廃れた風習だ。君が知る必要はない」

「また私には、何も教えてくれないのですね」

「…………」

 言葉を詰まらせるガルマータに、ケィツゥーが落胆する。

「ガルマータ様にとっての私は、路傍のぺんぺん草に過ぎないのでしょう。
 ぺんぺん草はバレンタインデーについて知る必要など、ありませんから」

「いや、そんなつもりは!」

「……女性から男性へ感謝の意を込めて、チョコレートを贈る日だ」

「なぜ、そのように素敵なイベントが、廃れてしまったのでしょう」

「白の世界では民の大半が転生により記憶を失っている。加えて、食に対する執着も薄い。
 主要な風習は四大天使様の記憶をもとに再導入されたが、バレンタインデーを含む
 一部の風習の復活は、ガブリエル様が強硬に反対したという」

「男性というのは同僚や家族でしょうか。
 それとも、こ、こいび、と……でしょう……か」

 言葉を紡ぐ間にみるみる頬を赤らめ、しどろもどろになってゆくケィツゥー。
 疑問をぶつけているうちに、自ら真相へ辿り着いてしまったからだ。
 口にせずとも恋心を伝えられる日……それがバレンタインデーなのだと。

「ガルマータ様!
 私は、どのようなチョコレートを用意すれば良いのでしょう!?」

 ケィツゥーの気配に鬼気迫るものを察知したガルマータは、反射的に立ち上がった。

「おっといかん。遊びに出ている兄妹たちが帰ってくる前に、夕飯の買物を済ませねば。
 ミサキがいま、チョコレートの準備をしている。詳しいことはミサキに聞いて欲しい」

 これまでは人間関係や時勢が邪魔して、想いを伝えられずにいた。
 しかし、ケィツゥー直属の上長であったガムビエルが失踪し、
 ガルマータの罪も冤罪だったと判明したいまなら、阻むものはない。
 これをきっかけに、ふたりの関係は一気に進展してしまうのではないだろうか。
 ……そう、考えるに至った。

「万難を排してでも、手作りチョコレートをガルマータ様へ贈らせていただきます!
 誰にも悟られないようずっとひた隠しにしてきた、あふれる想いとともに!
 よろしいですか、よろしいですね、ガルマータ様! ガルマータ様? どこですか!?」

 ケィツゥーが軽く10分ほど妄想の翼を広げている間に、
 ガルマータは買物へ出掛けてしまっていた。

◆ ◆ ◆ ◆

 弓弦羽ミサキについてはライバル関係と認識していたが、背に腹は代えられない。
 チョコレートのつくり方を教えてもらうため、ケィツゥーはミサキがいるキッチンを訪れた。
 ……はずだったが、何故か扉の隙間からこっそり覗く形になってしまっていた。

(なんという物量!)

 テーブルの上には所狭しと大量の包み箱が並べられ、さらに追加分を製作中のようである。

(まさかミサキさんには、意中の殿方が、あんなに!?)

 バレンタインデー初心者のケィツゥーには、義理チョコという概念が存在しない。
 すべてが本命チョコだと思い込んでいた。

「こんにちは」

「ぎく!」

 ふたつの鍋のチョコレートを両手で湯煎しているミサキが、
 振り返りもせず、背中越しにケィツゥーへ声をかける。

「せっかく来てくださったのにご挨拶もせず、不躾ですみません」

「いえ! 突然押しかけたのは私の方ですから、お構いなく! それより」

 ケィツゥーがテーブルの上の包み箱を数えると、ゆうに50を突破していた。

「すべて別の方へのプレゼントでしょうか?」

「そうですね」

「ふ、ふしだらですっ! そのような方だったとは、見損ないました!」

 顔を紅潮させ、ミサキを糾弾するケィツゥー。
 あらぬ誤解をかけられていることを察したミサキが、優しく彼女をたしなめる。

「ふふ。バレンタインデーのチョコレートは、大勢の方へ贈ってもいいんですよ」

「そうなんですか!?」

「相手を大切に想う気持ちはひとつだけではありませんし、恋心だけでもありませんよね?」

「あっ……。私ったら、とんでもない勘違いを……恥ずかしいです」

「そんな所にいないで、一緒につくりませんか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 和気あいあいとふたりの乙女がチョコレートづくり。
 ケィツゥーは恋敵であるはずのミサキに、あたたかい雰囲気を感じていた。
 うまく表現できないが、強いていうなら《家族》のような……。
 ふたりがその真相を知ることはない。

 ハートの型へ流し込んだチョコレートを冷蔵庫に入れようとしたケィツゥーは、
 その奥に大きめの包み箱が隠されていることに気付いた。
 大量に積み上げられた包み箱とは明らかに別格の雰囲気を醸し出している。

「これは?」

「内緒です」

 ミサキは人差し指を口に当て、にっこり微笑んだ。

 この後、帰宅したガルマータを巡って勃発するひと騒動。
 その内容はここでは省略させていただきます。
 大体、皆様の想像通りでしょうから。

おまけ

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